Nagasyo blog

3人集まれば文殊の知恵!2015.07.04

みなさん、お元気様です。

今日もauにいはま東のスパイダーマンがイケイケでしたね。
イベント感が一気に盛り上がっています。
素晴らしい成果を心から祈ります。

今日、ワイモバイル店長とも打ち合わせしましたが、ワイモバイルもオープンの準備が着々と進んでいます。

素晴らしい店舗の内装もほぼ出来て、ワクワクが止まらなくなってきました(^^)

オープンするに至り、様々なことをNagasyoの仲間や業者さんや、みんなの文殊の知恵を借りながら、素晴らしいものが出来上がろうとしていますので、本当に18日が楽しみです。

さて、そんな「三人寄れば文殊の知恵」についてですが、僕はTT研修中に人間は不完全だから、自分一人の考えでは人生の問題をすべて乗り越えることは不可能だと学びました。

また問題を何とか乗り越えたとしても、もっと良い方法があったかもしれないと悩むかもしれません。

どんな立派な人でも、人間は自分の肉体のある場所でしか考えられないし、判断できません。

僕たちは、常に自分の考えや判断には偏見があるという自覚を持っている必要があります。

これまでは偏見を持ってはならないと言われ、偏見をなくすための努力を要求したり要求されたりしてきましたが、偏見は原理的になくならないと思います。

偏見をなくす努力をした人は、自分の考えには偏見はないと思ってしまい、自分と異なる考えは、偏見だと考えて、自分の偏見のない考えで、相手の偏見のある考えを修正し、正しい考えに、あらためさせようとして、傲慢にも説得しようとします。

そんな学んだつもり・・・のような、傲慢な人は回りにたくさんいませんか?

こうした人たちが、真理はひとつと考え、画一性を追求する理性の働きが、人間から血の通った温かな心づかいや思いやりを奪い、人間性を破壊し、悲しい対立を社会に作りだしてしまうことになるのだと思います。

僕たちは、人間の本質である謙虚な心を見失うことなく、人間性と社会性を持って生きていくためにも、偏見をなくそうとするのではなく、偏見は決してなくならないという認識を持つことが大事だと思いますがいかがでしょうか?

自分には常に偏見があるという自覚を大切にしなければならないということです。

自分には偏見があると思うことによって、私たちは人の言うことに耳を傾けて、人から学びながら自分を成長させようという気持ちになれるのです。

また、私たちの肉体そのものは、宇宙の摂理によって人間に与えられたものです。(心臓の鼓動も呼吸も血の流れも自分ではコントロールできません)

肉体を持っているが故に必然的に出てくる偏見を悪と考え、なくそうとして否定することは、宇宙の摂理を悪とし、否定することです。

宇宙の摂理に反する、宇宙に対する反逆であり、謀反と言えるのかもしれません。

宇宙の摂理によって人間に与えられた肉体があるが故に出てくる偏見は、それを肯定して生かして使う!

人間の本質である血の通った温かな謙虚な心をつくることが、宇宙の摂理にかなった、人間としての正しい生き方であるということができます。

人間が現実を正しくとらえて問題に対処するためには、自分の考えと、相手の考えと、第三者の考えを統合して判断する必要があると思います。

それは現実の空間が、三次元という構造を持つものであると同時に、意識の構造も1人称、2人称、3人称という立場を持っているからです。

生きた現実を把握するためには、この3つの立場からの見解を統合する必要があるだと思います。

これが昔から言われる「3人寄れば文殊の知恵」の根拠です。

知っていましたか?

僕たちは、決して自分ひとりで問題を乗り越えなければならない
・・・そう考える必要はありません。
あと2人の人間の力を借りて、大いに助けてっもらって良いのです。

ひとりで悩んで絶望に陥ることなんてありません。

あと2人の自分とは違う考えを聞き、それを取り入れることで、不完全な人間における正しい答に到達できるのだと思います。

Nagasyoは3人どころか何人でしょうか(笑)

文殊普賢(ふげん)菩薩を超えたパワーで、関わる人みんなに感動を生み出しましょう!

 
顔晴ろーーー!
楽しもーーー\(*⌒0⌒)♪
今ココ全力!永井健之(N.Takeshi)

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